高校生の時のキャリアの決断
前回のブログで高校生の時に世界一のおもてなしを提供するホテルの経営者になりたいと決めて渡米した、と書きました。
そもそも、なぜ高校生の時にそんなことを思ったのか?を今日は書いてみました。
小学校くらいまでさかのぼった話になりますが、
小学校、中学校時代、沖縄アクターズスクール出身のSPEEDが大好きでした。
一人っ子で、自分だけで色々考えがちな私は、小さい頃よく『私が生きている意味はなんだ』と考えることがよくあり、その時SPEEDがデビューして、歌とダンスのかっこよさにすごく元気をもらい、私も彼女たちのような存在になりたいと思ったんです。
それから中学時代は独学でダンスを始め、毎日録画したテレビ番組を見て一緒に踊ってました。
高校に入って、石川にある唯一のタレントスクールのアクターズスクール金沢に所属し、土日は電車で1時間かけて金沢まで通い歌とダンスのレッスン、平日も地元のダンススクールに通い、レッスンがない日もほぼ毎日駅前のガラス張りになって鏡代わりになる施設の前でラジカセから音を出してダンスに没頭してました。
アクターズスクールでは、地元のお祭りやイベント毎にゲストとして呼ばれ、歌ったり踊ったりする機会があったのですが、そういったステージを重ねる毎に、こうやって人前で歌えるのは楽しいけど、
"これって誰かのためになっているのかな"
と疑問に思うようになり始めました。
かっこよく歌って踊れるSPEEDを見て、私もそうなりたいと思ったけど、経験を重ねる毎に
"自分は彼女たちみたいにはなれない"
ということに気づいたんです。
それから、誰かを元気にするためになにができるかな、と考えた時にたまたま何かの雑誌でホテルの記事が出ていて、ニューヨークの一流ホテルのウォルドーフアストリアの採用に関する記事でした。
とても人気のホテルなので、採用も倍率が非常に高い。その年に受かった人達は全員は女優やダンサーなど舞台に立っている人だったとのこと。
"ホテルは舞台
その舞台をおもてなしで飾ることができる人"
という観点で舞台に立っている人達が適していたそう。
これを見て、
"私がやりたいことはこれだ!"
って思ったんです。
頑張ってきた歌やダンスのキャリアを諦めることは私にとって辛かったので、次に目指すキャリアは絶対に成功したい!と思い、その世界で一流を目指すために渡米することを決意。
渡米してからも、厳しい環境を乗り越えられたのは高校生の時にこの決断を出来たからだと思います。